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- 古代の日本がわかる事典
- 価格:1,620円(税込)
あなたは「古代の日本」にどのようなイメージを思い浮かべますか?
もしかしたら邪馬台国の卑弥呼を想像するかもしれませんし、また稲作農耕をはじめた弥生時代の遺跡を思い出すかもしれません。もちろんそれらは古代のイメージとして正しいと言えるのですが、発掘調査の進展によってより鮮明に当時の文化や風習、生活が分かるようになってきました。そして、古代と現代はつながっていると感じさせる部分が次々と解明されつつあります。
その一端を『古代の日本がわかる事典』からご紹介していきましょう。
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ロマンに満ちた「古代」の姿
どことなくロマンを感じさせる「古代」という言葉。文明の始まりを示すこの言葉は、日本では先史時代以降――邪馬台国から奈良・平安時代頃までの、武家政権の成立以前――を指す区分として認識されています。
しかし、この「古代」という時代の概念やイメージは今、大きく変わってきているのです。
これまでの歴史研究は、「文献史学」という文字史料を研究する手法が中心でした。しかし、考古学における発掘調査が進み、これまで当たり前とされていたことに疑問が投げかけられるようになっています。そして、明らかになってきているのが、私たちの遠い祖先がどのような生活を送ってきたのか、日本という国の基礎をどのように作ってきたのか、ということ。そこには現代につながるいくつかの痕跡が見られます。
では、さっそく「古代」と「現代」がつながる旅へと出かけましょう。
縄文時代にはすでにクッキーが作られていた?
「縄文時代のクッキーって、いきなり何を言い出すんだ?」と思った人もいるでしょう。
実は、縄文時代の遺跡から「クッキー状の炭化物」が発見されているのです。それは、粉状のデンプンをクッキー、またはパン状に固めて焼いたものと推測されており、学習の場などでこのクッキーを再現して食べるということもあるようです。
この発見に対し「使われた分析方法に欠点があるため、それらのレシピは推定の域を出ていない。分かっていることは『粉状のデンプンを固めたもの』だということだけだ」という反論(参考。ページ後半部分に「縄文クッキー」に関する言及あり。←http://www.komakino.jp/yamaguti-ronbun/yamaguti-ronbun.html)もありますが、ここで疑問が浮かびませんか? 「そもそも、狩猟採集文化だった縄文時代にデンプンを加工する技術があったのだろうか」と。
この炭化物が「本当にクッキーだったのかどうか」はともかく、「縄文土器」の存在がこうしたものの作成を可能にしたと考える学説があります。『古代の日本がわかる事典』の著者・北川隆三郎さんは次のように述べています。
日本列島の森では、秋にクリやドングリ、クルミなどが大量に実る。クリは生でも食べることができるが、ドングリはアクが強く、そのままでは食べることができない。水にさらしたり、加熱し、アクを抜かなければならない。深鉢の土器の出現によって、この問題が解決された。土器を水にさらす容器としたり、鍋として水を加熱して、アク抜きをすることができる。保存用の容器としても使える。(中略)「縄文クッキー」は、アク抜き技術の確立で、石皿や磨石を用いて堅果類の粉食が可能になった結果であると考えられている。炉のなかから発見されるものは焼いたもの。土器にこびりついたものは、粥状に煮て食したらしい。土器の出現で、こうした堅果類の加工と粉状にした保存、さらに料理法も確立したのだ。(『古代の日本がわかる事典』P.36より)
日本の戦争は弥生時代にはじまった?
多数の人間同士で戦う行為を「戦争」とするのなら、日本において戦争が初めて起きたのは弥生時代かもしれません。というのも、弥生時代の遺跡から「殺傷痕」のある大量の人骨が出土しているからです。
これは縄文時代にはなかった特徴で、これらの発見から「大規模な騒乱が起こり、戦場近くに設けた溝に遺体を無造作に埋葬する必要があった」ことが推測できます。他にも、吉野ヶ里遺跡やスダレ遺跡などの弥生時代の遺跡から「弥生時代に戦争が始まった」という通説を裏付ける出土品がありました。
また、3世紀頃に成立したといわれる中国の歴史書『魏志倭人伝』では、弥生時代末期の2世紀ごろに長期間にわたる騒乱「倭国大乱」が起きたと記されており、それを収めたのが邪馬台国の卑弥呼だとされています。
そう考えれば、卑弥呼という人物は英雄ですよね。長く続いた戦争を終わらせたのですから。
漢字以前に文字はあったのだろうか?
現代の私たちは漢字とひらがな、カタカナを使って文章を書いています。とくに、ひらがなとカタカナは中国から伝わってきた漢字を元に成立したといわれているので、「日本オリジナルの文字は存在しなかった」ということが定説になっています。
しかし、縄文土器や弥生土器をよく見てみると、かなり洗練された記号のような文様が描かれているものがあり、文字が自ずと生み出されてもおかしくない条件は揃っているように見えると前述の北川隆三郎さんは述べます。
漢字の伝来以前、日本に文字は存在していたのでしょうか? それとも、していなかったのでしょうか?
実はそれに関する研究や言説はいくつか存在しています。江戸時代の国学者である平田篤胤は神話時代の日本で使われていた神代文字を研究していましたし、記紀の原書といわれる『ホツマツタヱ』を構成する神代文字「ヲシテ」は、漢字以前の文字の例として知られています。
ただし、神代文字に対しては批判も多く、「文字が存在したという論拠はない」という意見が主流のようです。
古代文字は果たして存在したのか? それは今後の考古学の研究が進むことによって次第に明らかになるはずです。これは大きなロマンを感じますよね。
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今、私たちが当たり前に使っている文字や食べているもの、起きていることなどの源流があるのが古代という時代です。
当時の彼らの生活や風習、文化を知ること。それが今の私たちの社会の謎や秘密を解き明かすカギになるかもしれません。


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