2017年2月24日金曜日

難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ  みをつくしてや 恋ひわたるべき

難波江の 芦のかりねの ひとよゆゑ
 みをつくしてや 恋ひわたるべき
        皇嘉門院別当(百人一首88) 

(難波の入り江の芦の切り株の一節<ひとよ>のような
 旅の一夜の短い契りのために、これから澪標<みおつくし>のように
 身をつくして、あなたを恋し続けることになるのでしょうか)

 おはようございます。本日もよろしくお願いします。
 前回の歌とナニワのアシが出てきたり、短い逢瀬のシーンだったり、よく似ています。ですけれど、正反対の趣があります。技巧をこらした歌という評価が高く、芦の節の短さと逢瀬の時の短さをかけたり、「澪標(浅瀬の座礁除けの標識)」に「身をつくし」がかかっていたりします。作者は、あまりぱっとしない女性で、解説者によっては遊女あつかい。疑問を持たずにつくすなら、たいしたもの。少しでも疑問があるなら、心は一転します。振られたら尼にでもなる覚悟がないと心は恨みに転じます。ここでは、ありがちな心の動きとみなします。なお、蛇足ながら、性別が男でも同じこと。
 タロットでは「ソードの王女」で彼に振られた独身女性の復讐心。サビアンなら「レオ8」で共産主義革命、ないし破壊神(シヴァ神)。易では沢火革(たくかかく)で革命。ご意見はごもっとも。しかし、新しい彼を探すことこそ、真の革命です。宇宙は、あなたには、無限の可能性があります。

 本日、2月24日(金)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。
タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月22日水曜日

難波潟 短き芦の ふしの間も  逢はでこのよを 過ぐしてよとや

難波潟 短き芦の ふしの間も
 逢はでこのよを 過ぐしてよとや
           伊勢(百人一首19)

(難波潟<なにわがた>の芦の短い節と節の間のような短い間でも
 逢わずにこの世を過ごし果てよというのですか)

 おはようございます。本日もよろしくお願いします。

 歌意は解説するまでもないでしょう。大阪湾はかつては遠浅のデルタ地帯で芦がたくさん自生していたようです。作者の伊勢は36歌仙にも入る人で、平安を代表する女性歌人です。多くの恋愛経験を積んだ人としても知られています。名前の「伊勢(イセ)」からはホツマツタヱの「イセの道」が浮かびます。イモ(男・夫)とオセ(女・妻)の道(心得)の達人だったに違いありません。
ということで、タロットなら「カップの2」で愛、セックス、結婚。サビアンでは「タウラス26」で愛のセレナーデ。易では「兌為澤(だいたく)」で、喜び。


 本日、2月22日(水)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。
*タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月17日金曜日

淡路島 かよう千鳥の 鳴く声に  いく夜寝覚めぬ 須磨の関守

淡路島 かよう千鳥の 鳴く声に
 いく夜寝覚めぬ 須磨の関守
         源 兼昌(百人一首78)

(淡路島から、通ってくる千鳥の鳴く声に
いく夜も目を覚ましてしまった、須磨の関守は)

 おはようございます。本日もよろしくお願いします。
 だいたい『源氏物語』の「須磨の巻」を連想して、光源氏が政敵を逃れて、この地でわび住まいをした時の孤独に想をとって解釈することが定番のようです。『平家物語』のフィルターで、この歌を解釈するとまったく違った様相が見えてきます。淡路島と須磨といえば、瀬戸内海の明石海峡の両サイド。瀬戸内海の船舶交通の要衝です。須磨から内陸側の鉢伏山の麓には一の谷があり、義経の鵯越えの逆落としの現場でした。須磨の浜辺には源平の戦いの古戦場があり、須磨浦公園には「戦の浜」の碑があります。都落ちで平家の落人は、この関を西に向かい滅んだのです。千鳥の鳴き声には、戦乱に対する恐怖の響きが混ざり、その声が響くと追手への恐怖心で目を覚ましてしまう。そんな解釈もなりたちます。
そのような解釈からは、タロットでは「戦車」で光と闇の戦い。サビアンでは「山羊座5度」で攻撃性、戦の準備。易では「地水師(ちすいし)」で兵、軍隊。なにやら緊張感がましつつある状況。ノアの箱舟に乗り続けていたいものです。

 本日、2月17日(金)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。
*タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月15日水曜日

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは  みそぎの夏の しるしなりける

 おはようございます。本日もよろしくお願いします。

風そよぐ ならの小川の 夕暮れは
 みそぎの夏の しるしなりける
             従二位家隆(百人一首98)

(上賀茂神社の楢の葉に風がそよいでいる夕暮れに
 夏越しのみそぎの神事が行われている。夏のしるしだ)

 作者の家隆は、定家との交友関係があり、後鳥羽院の歌会にも度々、出席していた歌人。温厚な人物として知られ、院が隠岐に流された後も島に通い、院を慰めていました。一方の定家は隠岐には見向きもしませんでした。その家隆の歌を99番の後鳥羽院の歌の前に選んでいるところに、院に対する定家の気持ちが反映しているように読み取れます。百人一首編纂の意図を解く糸口が、そのあたりにあるのかもしれません。歌の解釈は、さわやかな夏の風景で、とくに難しいことはない、いい歌です。けれども、そこに運命や周期の法則、人が逆らうことのできない歴史の定めのようなものがにじんでいると見るのは、深読みすぎでしょうけれど、ここでは深読みをあえてします。
 タロットなら「運命の輪」で運命の変転。サビアンなら「牡羊座12度」のⅤサインで、宇宙の秩序。易では「天雷无妄(てんらいむぼう)」で作為のないありのままの流れ。まあ、もうそうするしかないのです。

 本日、2月15日(水)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。
*タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月10日金曜日

みかの原 わきて流るる 泉川  いつ見きとてか 恋しかるらむ


みかの原 わきて流るる 泉川
 いつ見きとてか 恋しかるらむ
        中納言兼輔(百人一首27)

(ミカの原に湧いて流れるいづみ川のように
いつか見たといっても<見たこともいないのに>、恋しいのはなぜだろうか)

 逢ったか逢わないかも定かではないのに、”ミカの原の泉”と聞いただけで、稀有で清らかな女性がイメージされて、恋しくなってしまう。<恋に恋する>恋愛の初期段階を歌ったといった解釈もあります。
「みかの原」は現在の京都南部にあたるかつての山城国の木津川北側の一部で、聖武天皇の時代に、”幻の都”=恭仁京(くにきょう)がしばらく置かれました。泉川は現在の木津川のことと言われますが、木津川にそそぐ伏流水といった感じでしょうか。その源流の泉を見ることは稀なことだったのでしょうね。
「ミカ」のことを天津甕星(あまつみかぼし)、つまり、金星だと解読したのは国学者の平田篤胤です。
 作者は、三十六歌仙の一人で、紫式部の曽祖父となっていますが、実はこの歌は、読み人知らずです。定家という人は何を考えているのでしょうね?
 泉、川、水、不可視の女、金星とくれば、おのずと「アニマ(女性性」)です。
 タロットなら「女帝(「妃」と訳したい)」で泉、金星、女性性。サビアンでは「牡牛座1度」の山の小川+「牡牛座7度」のサマリアの女+「牡牛座11度」の花に水をやる女=アニマ。易では「坤為地(こんいち)」で純陰の卦。大地、受け身、完全なる無為など。「陰極まれば陽になる」とか、その前には保護が必要なのかも。

 本日、2月10日(金)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。*タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月8日水曜日

みかきもり 衛士(ゑじ)のたく火の 夜は燃え  昼は消えつつ ものをこそ思へ

 おはようございます。本日もよろしくお願いします。

みかきもり 衛士(ゑじ)のたく火の 夜は燃え
 昼は消えつつ ものをこそ思へ
          大中臣能宣朝臣(百人一首49)

(宮を守る兵士がたくかがり火が、夜は鮮やかに燃え
昼は消えながらも、たえずものを思いなさい)

 通説では、昼も夜も、火のような熱い情熱で恋人を思い続ける恋歌であるといった、いつもながらの解釈になっています。闇を背景に燃えあがる夜の”火”が象徴的で、何事かに熱烈に思いめぐらすこと。しかし、恋もその対象のひとつではあってもすべてではないといえます。
 作者は、古来より神事を司る家系に属し、また、宮中で万葉集の解読に従事する「梨壺の五人」の一人。この歌は、作者自身の歌集には入っておらず、能宣(よしのぶ)作ではないとも言われます。
 古代から継承さてきた神事としての「火の秘儀」が、この歌に象徴されていると読んでみます。
 タロットでは「ワンド1」で火の根源力。サビアンでは「牡牛座17度」で剣とたいまつの戦い、あるいは「山羊座13度」の拝火主義で、いずれも火の超越力や変容力。易では「離為火(りいか)」で、「火」を象意が二重に強調されます。火に集中することは、限界突破力を得ることができます。

 本日、2月8日(水)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。
*タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月3日金曜日

人もをし 人も恨めし あぢきなく  世を思ふゆゑに もの思ふ身は

 おはようございます。本日もよろしくお願いします。

人もをし 人も恨めし あぢきなく
 世を思ふゆゑに もの思ふ身は
           後鳥羽院(百人一首99)

(人をいとおしくも、恨めしくも思われる。思うようにならない
世の中に思い悩んでしまうのです。ものを思うわが身は)

 作者は、鎌倉幕府の追討を命じ、挙兵をうながし「承久の変」を起こしました。しかし、東国武士団の圧倒的な武力の前に敗れ、隠岐島に流されます。この歌は、挙兵、9年前の作とされます。解釈においては、一般論として善悪に対する内省を歌ったとするものと、幕府に対する苦しい胸の内が、すでにこの時期にあったとする具体的な歴史における心境との説に分かれているようです。
 院は隠岐で19年間を過ごし、時とともに静かな諦観に到達されたといわれます。ここでは一般論ではなく、敗北将軍の心情に思いをはせ、王朝時代が終焉し武家政治が台頭する時代にあって、しだいに敗北や挫折を受け入れていったものと解釈します。
 タロットなら「ソード10」で挫折と放棄。サビアンなら「山羊座22度」で敗北を受け入れた将軍。易では「天水訟(てんすいしょう)」で望みを達成できず心憂うこと。敗北や挫折を受け入れることを通して内的な強さが試されます。


 本日、2月3日(金)午前11時より、午後9時(受付締切午後8時)まで、原宿占い館タリム(03-3497-5825)にて鑑定を行います。
*タリムでの鑑定は水曜日、金曜日です。

2017年2月1日水曜日

筑波嶺の 峰より落つる みなの川  恋ぞつもりて 淵となりぬる

筑波嶺の 峰より落つる みなの川
 恋ぞつもりて 淵となりぬる
             陽成院(百人一首)

(筑波山の峰々からしたたり落ちる水が、あつまって男女川となるように
恋もしだいに積もって、いつか深い淵となりました)

「筑波嶺」は北関東の筑波山のことで、古代より歌われてきたイザナミ、イザナギを祀る山とされてきました。「峰」を引き出す序詞とされますが、この歌の主題は、筑波山でしょう。女体山・男体山の二つの峰からなり、そこから流れ出る川は「男女川(みなのがわ)」です。
 女性原理と男性原理の象徴にあふれています。古代、この地で歌垣が行われ、男女が交歓しました。蓮歌もこの地から生まれたといわれます。天の意志としての「恋」が蓄積され、しだいに地の「淵」となるという天地創造のプロセスがここにも象徴されていると理解することができます。
 タロットなら「LOVERS」でアダムとイブの世界。サビアンでは「牡羊座4度」の「恋人」で二極化の発生。易なら「地天泰(ちてんたい)」で天地の交わりによる創造。いずれも陰陽、男女などの二元性、二極化の発生から、運動や物質化、創造のプロセスが発生する元型を意味します。
 嫉妬とか横槍、思わぬ失敗など、地上では基本元型であっても邪魔が入りますので、その点は配慮がいります。